生前贈与
遺言書の作成を考えている人の中には、
①「自分が亡くなる前に家族などの大切な人に財産を譲り渡しておきたい。」
②「相続人の間で揉めないために、自分が亡くなる前に財産を整理しておきたい。」
③「相続税の対策のために、自分が亡くなる前に家族に財産を贈与しておきたい。」
などを考える人が少なくありません。
この点、適切に遺言書を作成した上で、信頼できる専門家に「遺言書の管理」及び「遺言執行者の就任」の依頼をしておけば、概ね問題ないといえます。
他方で、「生前贈与(自分が亡くなる前に財産を贈与すること。)」も有効な手段の一つともいえます。
とくに、「適切な遺言書の作成など」及び「生前贈与」の双方を行っておけば、「万全な準備」といえます。
そこで、「生前贈与」をするにあたって注意すべきことを、下記のとおり、説明しておきます。
1、遺留分に配慮すること。
生前贈与が相続人の「遺留分(遺言などによっても奪うことができない最低限度の相続分)」を侵害している場合、贈与者が亡くなった後、その相続人が遺留分減殺請求(侵害された相続分の回復の請求)をすれば、生前贈与を受けた人は「侵害された遺留分」について補償する義務を負担することになります。
そのため、生前贈与をするにあたっては、「各相続人の遺留分」に配慮することが重要になります。
そこで、生前贈与をするにあたって、「各相続人の遺留分」に配慮する方法を、下記のとおり、指摘しておきます。
※「遺留分」及び「遺留分減殺請求」の詳細については「遺留分」のページを参照してください。
(1)「各相続人の遺留分」に配慮する生前贈与の方法
①「贈与者の財産の総額」から「各相続人の遺留分の合計額」を控除した後の金額の範囲内で生前贈与をすること。
② 各相続人(遺留分の権利を有する相続人になる予定の者)に各遺留分の金額以上の財産をそれぞれ生前贈与をすること。
③ 生前贈与とは別に、「各相続人の遺留分に配慮した遺言書」を作成すること。
④ なお、生前贈与を行った後、「贈与者の財産の範囲・価値の変動」及び「認知・養子縁組・出産などによる相続人の変更」などの事情が生じた場合には、「各相続人の遺留分の金額」が変動する可能性があることに注意が必要です。
※「各相続人の遺留分に配慮した遺言書の作成方法」については、「遺留分・9、遺留分減殺請求がなされることを回避する方法(1)遺留分に配慮した遺言書を作成すること。」を参照してください。
(2)贈与者の生前に遺留分の放棄をしてもらうこと。
贈与者が亡くなる前に相続人に遺留分を放棄してもらえれば、当然のことながら、遺留分減殺請求がなされるなことを回避でき、トラブルを未然に防ぐことができます。
この点、遺留分減殺請求がなされることを回避する確実な方法としては、「遺留分の権利者に遺留分の金額に相当する財産を生前贈与すること。」などによって納得してもらい、贈与者の生前に遺留分を放棄してもらうという方法があります。
ただし、贈与者が亡くなる前に遺留分を放棄する場合には、「家庭裁判所の許可」が必要になります。
2、「特別受益の持ち戻しの免除の意思表示」をすること。
(1)相続人が被相続人(相続される人)から生前に特別な形で贈与を受けていた場合、原則として、その対象となった財産は相続財産の一部とみなされた上で、「特別受益(相続分の前渡し)」と判断されます。
これによって、遺産分割がなされる際、その相続人の相続できる分が減少することになります。
その結果、被相続人の死亡後、被相続人の意思に反する形で財産が相続されることにもなります
例えば、
① 相続人は妻(相続分4分の2)と長男(同4分の1)と次男(4分の1)
② 被相続人の死亡時の財産は預貯金5000万円
③ 被相続人の死亡時の債務(借金等)はなし。
④ 長男に相続させる財産を増やそうとして、被相続人が亡くなる前に住宅購入資金として現金1000万円を長男に贈与していた。
という事案の場合には、遺産分割がなされる際、
(一)妻の相続分・(5000万円+1000万円)×4分の2=3000万円
(二)長男の相続分・(5000万円+1000万円)×4分の1-1000万円=500万円
(三)次男の相続分・(5000万円+1000万円)×4分の1=1500万円
となります。
つまり、長男に相続させる財産を増やそうとして、被相続人が亡くなる前に現金1000万円を生前贈与していたことについては、意味がなくなってしまうのです。
(2)この点、贈与者は、遺言などによって、「生前贈与が「特別受益(相続分の前渡し)」と判断されること。」を回避できます。(これを、「特別受益の持ち戻しの免除の意思表示」といいます。)
従って、一部の相続人の相続させる財産を増やそうとして生前贈与をする場合には、遺言などによって「特別受益の持ち戻しの免除の意思表示」をしておく必要があります。
例えば、上記の事案において、贈与者が長男に現金1000万円を贈与した後、遺言などによって「特別受益の持ち戻しの免除の意思表示」をしていた場合、遺産分割がなされる際、
(一)妻の相続分・5000万円×4分の2=2500万円
(二)長男の相続分・5000万円×4分の1=1250万円 + 生前贈与分1000万円 (合計2250万円)
(三)次男の相続分・5000万円×4分の1=1250万円
となります。
(3)但し、特別受益に該当する生前贈与が他の相続人の「遺留分(遺言などによっても奪うことができない相続人の最低限度の相続分)」を侵害している場合、贈与者が「特別受益の持ち戻しの免除の意思表示」をしていても、贈与者が亡くなった後、相続人が遺留分減殺請求(侵害された相続分の回復の請求)をすれば、生前贈与を受けた人は「侵害された遺留分」について補償する義務を負担することになる可能性があります。
この場合、トラブルを回避するためには、「各相続人の遺留分」に配慮する方法を別にとる必要があります。
※「特別受益」などの詳細については「特別受益」のページを参照してください。
3、税金
生前贈与をした場合、原則として贈与税が発生しますが、例外的に贈与税が発生しない場合があります。
例外的に贈与税が発生しない場合について、下記のとおり、代表的なものを説明します。
(1)110万円以下の贈与の基礎控除(暦年課税による基礎控除)
① 贈与税は、原則として、1年間に受け取った贈与財産の合計額(贈与者の人数を問わない合計額)から110万円を引いた残りの金額に対して発生します。
つまり、1年間に受け取った贈与財産の合計額が110万円以下であれば贈与税は発生しません。(これを「暦年課税による基礎控除」といいます。)
この場合、税務署に申告しなくてよいことになっています。
② 相続開始前の3年以内の贈与については、特段の事情のない限り、相続財産に加算された上で相続税が算出されます。
(2)相続時精算課税制度
① 相続時精算課税制度とは、原則として60歳以上の父母又は祖父母から、20歳以上の子又は孫に対して、財産を贈与した場合に選択できる贈与税の制度です。
② 相続時精算課税制度の対象となる贈与については、贈与者が亡くなる時までの贈与財産の合計額が最高2500万円まで贈与税が発生しません。
ただし、贈与者が亡くなった時に、相続時精算課税制度の対象となった贈与財産の合計額が相続財産に加算された上で相続税が算出されます。
③ 相続時精算課税制度は、贈与者ごとに選択して利用できます。
また、相続時精算課税制度を選択した場合、その制度の対象となる贈与(父母などの当事者からの贈与)とその制度の適用を受けない贈与(父母などの当事者以外からの贈与)を区分して、各贈与税が算出されます。
例えば、父からの贈与についてだけ相続時精算課税制度を選択して、母からの贈与は相続時精算課税制度を選択しないということもできます。
この場合、父からの贈与については、父が亡くなるまでの贈与財産の合計額が2500万円まで贈与税が発生しないことになり、他方で、母からの贈与(正確には、父以外の贈与者が母のみの場合の贈与)については、毎年、110万円まで贈与税が発生しないことになります。
④ 相続時精算課税制度を選択する場合、所定の期限内に税務署に届け出ることが必要になります。
(3)夫婦間で居住用の不動産などが贈与された場合の贈与税の配偶者控除
① 夫婦の一方が他方に居住用の不動産などを贈与した場合、贈与財産の価格が最高2000万円まで贈与税が発生しないという「贈与税の配偶者控除」という特例があります。
② 以下の条件を満たした場合、贈与財産の価格が最高2000万円まで贈与税が発生しません。
(一)法律上の婚姻関係が20年以上の夫婦間での贈与であること。
(二)贈与された財産が、贈与を受けた者が住むための国内の居住用不動産であること、または、居住用不動産を取得するための金銭であること。
(三)贈与を受けた年の翌年3月15日までに、贈与された国内の居住用不動産又は贈与された金銭で取得した国内の居住用不動産に、贈与を受けた者が現実に住み、その後も引き続き住む見込みであること。
③「贈与税の配偶者控除」の特例は、同じ配偶者からの贈与については一生に一度しか利用することができません。
④「贈与税の配偶者控除」の特例は、「110万円以下の贈与の基礎控除(暦年課税による基礎控除)」と併せて利用することができます。
これにより、「贈与財産の価格が合計2110万円まで贈与税が発生しない。」という形でこの特例を利用することもできます。
⑤「贈与税の配偶者控除」の特例を利用する場合、所定の期限内に税務署に申告書等を提出する必要があります。
(4)直系尊属から住宅取得等資金が贈与された場合の非課税
① 平成27年1月1日から平成33年12月31日までの間に、父母や祖父母などの直系尊属から子供や孫などの直系卑属に住宅の取得等の資金が贈与された場合、一定の要件を満たすときは、贈与財産の価格が最高3000万円まで贈与税が発生しないという制度があります。
② この制度は、「相続時精算課税制度」又は「110万円以下の贈与の基礎控除(暦年課税による基礎控除)」のいずれかを選択した上で、併せて利用することができます。
③ この制度を利用する場合、所定の期限内に税務署に申告書等を提出する必要があります。
(5)直系尊属からの教育資金が一括贈与された場合の非課税
① 平成25年4月1日から平成31年3月31日までの間に、父母や祖父母などの直系尊属が、30歳未満の子供や孫などの教育資金として、金融機関等に金銭を預けた場合、一定の要件を満たすときは、贈与財産の価格が最高1500円まで贈与税が発生しないという制度があります。
② この制度を利用していても、贈与を受けた子供などが30歳になった場合、使い切らなかった金銭については、贈与税の対象になります。
③ この制度を利用する場合、金融機関等を経由して税務署に非課税申告書を提出する必要があります。
4、契約書を作成することの重要性
① 生前贈与をする場合、家族に贈与をする場合であっても、契約書を作成することが重要になります。
② 例えば、「110万円以下の贈与の基礎控除(暦年課税による基礎控除)」を利用しようとして、贈与者が亡くなるまでの10年間、毎年、子供名義の銀行口座に110万円を入金して、合計1100万円を入金したとします。
しかし、その入金の記録だけでは「贈与として入金したのか?」「貸付として入金したのか?」「預けていただけなのか?」などが確定的に判断できません。
その結果、「合計1100万円の入金」は贈与として認められなかった場合、相続財産に加算されて相続税が発生してしまう可能性があります。
また、仮に贈与として認められたとしても、「最初に合計1100万円を贈与する契約がなされた。その契約に基づいて、毎年110万円が入金されていただけである。」と判断された場合、最初の年に「1100万円に対する贈与税」が発生します。
つまり、毎年「110万円を贈与する。」という「合意」の基に、毎年110万円が贈与されていることなどを完全に証明できないと、贈与税を支払わなければならなくなる可能性が生じます。
よって、この場合、毎年「110万円を贈与する。」という「合意」の基に、毎年「契約書を作成すること。」を行った上で、毎年110万円を贈与する必要があります。
③ 以上のとおり、生前贈与する場合、契約書を作成することが重要になります。
5、生前贈与は撤回することが困難であること。
贈与者が亡くなるまでの間、
①「贈与者の財産の減少(または、財産価値の減少)」
②「贈与者や家族などの生活状況の変化」
③「贈与を受ける者との人間関係の悪化」
④「新たに贈与したい者が現れた。」
など、生前贈与を撤回したくなる事情が発生する可能性があります。
この点、遺言は、遺言者が、いつでも自由に遺言の内容の全部又は一部を撤回したり、変更をすることができます。
しかし、生前贈与の場合、贈与契約書などの書面を作成していたり、「目的物の引き渡し」や「名義変更」を済ませていた場合、特段の事情がない限り、撤回をすることができません。
以上のとおり、生前贈与は、「撤回することができないことを前提に行うべきもの」といえますので、遺贈(遺言による贈与)の場合よりも、慎重に行った方がよいといえます。
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